正確には水元公園の外ですが、水元公園の歴史と深くかかわりのあるこの橋は今も地元で大事にされています。
概要

中川からの逆流を防ぐ役割をしていた
閘門とは川の水位や流量を調節し、洪水の防止や舟運等を目的とした水門のことで、水元公園のはずれにあるこの橋は、明治42年(1909年)に竣工した煉瓦造りのアーチ橋。上流側と下流側でアーチの門数が異なる(上流が4連、下流が6連)非常に珍しい構造の橋梁と、樋門としても貴重ということで、平成25年度土木学会選奨土木遺産に登録されました。長さ30m×幅3m程度。 もともとは増水した中川が大場川に逆流し農業に被害を与えるのを防ぐ水門の役割を果たしたようで、古くは「弐郷半領猿又閘門」という名称だったとか。ブロンズ像は台風などの際に閘門に堰板を差し込む「とび職人」風の人物がモデルのようで、この橋とそれを守る人々が尊敬され大事にされてきた歴史が伺えます。
歴史を深堀りすると、全然違う風景が…
中川からの逆流対策のための門、と書きましたが、正確に言うと当時閘門橋が対峙していたのは中川ではなく、巨大な古利根川だったのです。


なんと、150年前には、古利根川という巨大な川が、水元公園の小合溜と接する形で南北に走っており閘門橋が闘っていたのは現在の中川ではなくこの巨大な川だったのです! この巨大な川から逆流されたらたまったものじゃありません! 2体のブロンズ像がいかに体を張った命がけの闘いをしているのか、見る目が全く変わってきます。
所在地

アクセス
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ギャラリー

荒れ狂う風と必死に闘いながら閘門の堰板を差し込む姿を再現したブロンズ像

閘門の説明と橋の歴史が記されています。

現在では目の前の葛三橋が自動車道路を担い、閘門橋は歩行・自転車用となっています。

そのため閘門橋は現在斜めからしかみることはできません。



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